2023/02/12

「自分語りしていいですか」

少し前に、ある所で20代前半?くらいのお嬢さん(初対面)と話をする機会があったのですが、話の最中に彼女が発したのが、タイトルの言葉です。
「自分」を「語る」という大仰な雰囲気の前置きに、ちょっと身構えてしまったのだけど、
彼女の口から出てきたのはわりとなんでもない彼女側の事情だった。
ただ、そういう場合にこういう前置きがつく、という事態に初めて遭遇したので、こちらとしては当惑したのと、そもそも「自分語り」という言葉自体、初めてお目に…というかお耳にかかったので、これはいったいどういう言葉なんだろう、と妙に引っかかってしまったのです。

思うにわざわざ「自分語りしていいですか」と断りの文句を入れてから、自分側の事情を話す、というのは、自分のことを話す行為自体に何がしかの遠慮を感じているからだ、と考えることができると思われる。じゃあその遠慮はどういう心情からやってくるのだろう。
 推測1:相手(この場合は私)が話をしているのに、自分の話をして申し訳ない。
 推測2:相手にかまわず自分のことばかりべらべらしゃべるという行為に引け目がある。

推測1の場合、だからといって、彼女が私の話をそう熱心に聞いていたかというと、正直そういう感じでもなかった(という印象を受けた)ので、なんか違う気がする。
推測2の場合、別にそんな「自分語り」とか言い出す前から、ご自分のことをしゃべってたので、中途半端なタイミングで改まって前置きする意図がちょっとよくわからないし、なんならその前に私がしゃべってたことも「こいつ自分語りばっかりしよって…」と思われてたのか?と思うとちょっとモヤっと…(被害妄想)。


結局「ちょっとよくわからない」という結論しか出てこないので、よくわからないままなんですが。
これは世代的なものの言い方(と意識)なのか、私がしゃべった彼女の個人的な用語用法なのか。謎です。いろいろと。
まあ彼女と再び会うことは恐らく二度となかろうと思われるので、別に忘れてもいいようなことなのだけど、ただただ不思議な言葉だったなあと思います。

更新しました

PC不調事件も一応落ち着き、サイトの更新も再開しました。 『枕草子』に出てくる人物はひととおり網羅したはず…なので、次は『 十訓抄 』です。 わーい説話♪(趣味に走る) 『枕草子』のほうにも補足したいことがあるので、追い追いこちらのブログのほうに記そうと思います。